ケガの挫折からアスレティックトレーナーの道へ
ランニング専門のアスレティックトレーナーの岡部宏行です。
都立大整形外科クリニック(東京都目黒区)でアスレッティックトレーナーとして月曜日に勤務しています。ランニング傷害を専門にしていますので、走っていて痛みやお悩みのある方はご相談下さい。
都立大整形外科クリニックへのお問い合わせ:03-6404-8550
資格
日本体育協会公認アスレティックトレーナー
米国ストレングス&コンディショニング協会認定パーソナルトレーナー
PHI認定ピラティスマットⅠ・Ⅱインストラクター
マラソンとの出会い
1986年に群馬県で生まれた。
小学生の時は運動神経が良くなかったので運動会ではいつもビリだった...
なんで運動が好きなのにオレは運動神経がこんなに悪いんだ・・・!
と小学生ながら、希望を失いかけていた。そんな中、マラソソン大会では中の上くらいに入ることができた。マラソンは練習すれば、結果が出て年々順位は上がっていった。その後も練習をして、その結果・・・
地区のマラソン大会に出場して優勝。そこで「自分はマラソンが得意だ!」と勘違いする。
勘違いから始めた陸上
勘違いから陸上部に入部。陸上部は練習すれば記録が良くなる楽しさがあり、高校でも陸上を続けたいと思った。そして高校では駅伝がしたくて、過去に多く全国大会に出場している群馬県内の高校に進学。そこでは想像を超える練習が待っていた...
ケガで終わる競技生活
高校での練習はハードで、1日に20km以上走る日々だった。特に夏の合宿では1日に30km以上走る。熱中症でふらふらになったり、練習から逃げたいと思ったこともあった。
貧血に苦しんだ時もあったが、高校2年の秋までは練習すればタイムが良くなって楽しい競技生活だった。
しかし高校2年の冬にハムストリングスという筋肉の肉離れをしてしまう。休んで痛みは良くなるも、走り出すとすぐに再発してしまい、その繰り返しでこのままで競技に復帰できるのか?と不安な思いのまま時間だけが過ぎていった。
それは高校3年のまで1年間続き、走りたくても走れない気持ちを待ったまま引退。練習のきつさよりも、走れない気持ちの方が何倍も苦しかった。
高校3年間では競技ではチームとて駅伝で関東大会までは行きメンバーとして走ることができた。しかし個人としては全く結果を出すことができなかった。本当に悔しい思い出しかない。
アステレィックトレーナーを目指す
高校生の時の経験から、ケガで悔しい思いをする人を何とかしたいと考えてアスレティックトレーナーを目指す。学校に入学してからアスレティックトレーナーという資格が難関だと知る。そこからは「トレーナーてこんなに勉強するの!?」と思うくらい勉強の毎日だった。
そして、アスレティックトレーナーの試験を受講するも不合格。
整形外科クリニックでの勤務と試験合格
整形外科クリニックで働きながら勉強をして、ようやくアスレティックトレーナーを取得することができた。本当に大変だったが、合格の知らせが届いた時は今までやってきて本当に良かったと感じた。
初マラソンの挑戦
整形外科クリニックでは陸上の経験もあることから小学生から市民ランナーの人まで多くのランナーの方々を担当させてまらえた。
その中でフルマラソンをされている方を担当することが多かった。そんな中、1つの疑問が出てきた。
「マラソンを走ったことがないのに、どうやってアドバイスすればいいのか?」
答えはすぐに出た。マラソンに出よう!
初マラソンでは今までの陸上競技で味わったことのない辛さだった。
走っていて心肺機能がきつくなるこは今までに嫌なほど経験した。しかし足が動かない、歩くことでも痛い。そんな症状が出てくる。何とかゴールはできたものの予想よりもはるかに辛かった。
ただその分、ゴールした時の達成感はとても大きかった。
「こんなにきついことができたら、何でもできそう!」とゴールした瞬間に感じた。
高校までは走ることが、正直そこまで楽しいと思っていなかった。苦しい・きついと思う時の方が何十倍も多かったからだ。タイムや順位だけを目的に走っていたので、楽しむという考えが一切なかった。
フルマラソンに出場したことで、走ることの楽しさに気づいた。
ブログを始めた経緯
現在マラソンブームで年々マラソンをする人が増えている。しかし、それと同時にケガで悩む人が多くなっている。健康の目的で始めたマラソンが、不健康な体となってしまっている人が多くなってしまっている。
このブログではマラソンを健康に楽しむために、ケガの予防、筋トレなどの情報を更新していきたい。
